静岡地方裁判所浜松支部 昭和46年(ワ)26号 判決 1971年11月27日
原告
菅沼静一
ほか一名
被告
伊藤徳松
主文
被告は、原告両名に対し各金壱百六拾五万円及び内金壱百五拾万円に対する昭和四拾六年壱月参拾日以降完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
原告両名その余の請求はこれを棄却する。
訴訟費用は、原告両名について生じた分を弐分し、その各壱を被告の負担とし、その余は、全部当事者各自の負担とする。
この判決は、仮にこれを執行することができる。
事実
第一原告等の主張
(請求の趣旨)
被告は、原告等に対し、各金五、九四六、〇〇〇円および内金五、七九六、〇〇〇円に対する昭和四六年一月三〇日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ
訴訟費用は被告の負担とする
との判決および仮執行の宣言を求める。
(請求の原因)
一 事故の発生並びに帰責事由
昭和四五年三月二日午後五時四〇分頃、浜名郡新居町新居二八〇八番地先町道脇において、訴外伊藤正義(一九才)運転の普通乗用車浜松五ね三九〇五が運転を誤り、道路わきの木に激突し、同車に同乗していた亡菅沼千代子(一八才)が脳挫傷等の傷害を負い、同月四日午前七時頃死亡した。
被告は、右普通乗用車を自己のため運行の用に供していたものであり、自動車損害賠償補償法第三条により、原告等の蒙つた損害を賠償すべき義務がある。
二 亡千代子の経歴
亡千代子は、原告等の長女として、昭和二七年二月一三日出生し新所小学校在学中より、病弱の父(原告静一)の看病をし、仕事に出る母親(原告まつ)にかわつて弟良雄(昭和二八年一一月二四日生)妹久子(昭和三一年四月二七日生)の世話をするなど家事を手伝いながら勉学に励み、健康優良児童として表彰されたこともあつた。同人は昭和四二年四月六日豊橋准看護婦学校に入学し、昭和四四年三月一一日同校を一三二人中二八番の成績で卒業し、静岡県・愛知県・岐阜県の各准看護婦試験に合格し、昭和四四年四月一日、湖西町技師補として採用され、湖西町立湖西病院診療部に勤務するかたわら、静岡県立新居高等学校夜間定時制に通学していた。
三 損害
(一) 逸失利益 金一〇、三四二、〇〇〇円
亡千代子は、事故当時湖西病院診療部に勤務し、今後少くとも満六〇才に達するまで就労が可能であつた。同人の給料は金二七、四六四円であつたが、湖西町職員の給与に関する条例並に静岡県町村職員退職手当組合退職手当条例によると、将来における同人の給料及び退職金は、左記のとおりである。
給料 二〇才 三三、四〇〇円
二五才 四一、八〇〇円
三〇才 五一、一〇〇円
三五才 五七、一〇〇円
四〇才 六三、〇〇〇円
四五才 六八、八〇〇円
五〇才 七六、五〇〇円
五五才 八四、一〇〇円
六〇才 八九、六〇〇円
退職金 五、五五六、三二〇円
亡千代子の生計費は、年間収入(前記月額給料のほか、その三カ月分の賞与がある)の二分の一以内であるので、右生計費を控除した年間収入の逸失利益の現価は、金八、八五三、〇〇〇円であり退職金の逸失利益の現価は金一、七八九、〇〇〇円であり、合計金一〇、三四二、〇〇〇円である。
右逸失利益金一〇、三四二、〇〇〇円は、原告等が各二分の一づつ(金五、一七一、〇〇〇円)を相続した。
(二) 慰藉料
原告等は、将来の生活を托していた長女の死亡により、絶大な精神的苦痛を受け、その慰藉料は、各金三〇〇万円が相当である。
(三) 葬儀費用
原告等は、亡千代子の葬儀費用として、各金七五、〇〇〇円づつを支払つた。
(四) 弁護士費用
原告等は、本件事故による損害の賠償につき、被告及び日産火災海上保険株式会社と交渉を重ねたが、損害額につき一致が得られず、やむなく本訴を提起し、着手金として金一〇〇、〇〇〇円を支払い、謝金として金三〇〇、〇〇〇円の支払を約し各二分の一づつを負担した。
四 右のとおり原告等の損害は、それぞれ
逸失利益 金五、一七一、〇〇〇円
慰藉料 金三、〇〇〇、〇〇〇円
葬儀費用 金七五、〇〇〇円
弁護士費用 金二〇〇、〇〇〇円
合計 金八、四四六、〇〇〇円
であるところ、強制保険により金二五〇万円づつの支払いをうけたので、これを前記三の(一)から(三)の損害の元本に充当した。従つて損害の残金は、各金五、九四六、〇〇〇円である。
よつて原告等は、被告に対し、金五、九四六、〇〇〇円および右金額より謝金を控除した金五、七九六、〇〇〇円に対する本訴状送達の翌日である昭和四六年一月三〇日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(被告の「好意同乗」の主張に対する答弁)
菅沼千代子が、落合八千代とともに本件事故車両に同乗したのは伊藤正義等が同女等の前に停車して、同乗を勧めたためであり、新居駅前で同女等が下車しなかつたのは、落合八千代の言動によるもので、菅沼千代子が廻り道をするように頼んだのではない。
第二被告の主張
(請求の趣旨に対する答弁)
原告の請求を棄却する
訴訟費用は原告等の負担とする
との判決を求める。
(請求原因に対する答弁)
請求原因第一項の前段の事実のうち、本件事故が伊藤正義の運転の誤りに基因するとの点、菅沼千代子が本件事故により蒙つた傷害が原告主張のとおりである点は、いずれも不知、その余は、すべて認める。
請求原因第一項の後段の事実は、否認する。
請求原因第二項の事実は不知。
請求原因第三項の事実は、争う。
請求原因第四項の事実のうち、原告両名が強制保険から各金二五〇万円の支払を受け、その主張の損害の元本に充当したことは認める。その余の点は争う。
(被告の「好意同乗」の主張
仮りに被告に賠償責任があるとしても、菅沼千代子と落合八千代は、通学途上において運転者伊藤正義の好意により、同乗したものであり、同女等の通学先新居高等学校附近にある国鉄新居駅前で降車する予定で、同所に赴いたところ、偶々列車が到着して、同校に通学する者多数が下車してきたため、同女等は顔見知りの者に男性同乗の自動車から降車するのを見られては、間が悪いといつて、同女等がとくに右駅前附近で降車するのを避け、伊藤正義に廻り道をさせ、その途中で本件事故に遭つたものであるから、賠償額を定めるに当り、右事情が斟酌さるべきである。
第三証拠関係〔略〕
理由
一 請求原因第一項の前段の事実について
本件事故により、菅沼千代子が原告主張のごとき傷害を負つたことは、〔証拠略〕によつて明らかであり、本件事故の原因が、伊藤正義の運転の誤りにあるかどうかの点を除き、その余の点は当事者間に争いがない。
同じく後段の事実について
〔証拠略〕によれば、本件自動車は割賦支払の方法により、被告名義で購入し、いわゆる頭金とその後の割賦金の支払は、伊藤正義がしていたことが明らかである。しかし同人が被告と同居するその未成年の子であり、同人の収入だけによつては、同人の生活費のほかにそのような支払をなすことができず、被告の援助(家計には、食費として月三、〇〇〇円から五、〇〇〇円程度を入れさせるに過ぎず、また、時には、被告の方から小遣も与えていた)なしには、右支払や自動車の維持管理費の支弁ができなかつたこと、被告名義で買受け、かつ被告名義で登録し、保険契約は、強制保険・任意保険ともに、被告が契約者となつていること、車の保管場所も・被告が使用許可を得ていること(以上の事実は、被告本人第一・二回尋問の結果)等の事実が認められる以上、本件自動車の運行供用者が被告であることは、明らかであり、前認定の買受代金支払の点は、右認定の妨げとならない。
二 請求原因第二項の事実は、〔証拠略〕によつて明らかである。
三 慰藉料以外の損害について
(一) 菅沼千代子の逸失利益
(1) 同人が、死亡当時准看護婦として、静岡県浜名郡湖西町立湖西総合病院に勤務し、月額金二七、四六四円の給与を得ていたことは、〔証拠略〕によつて明らかである。
湖西総合病院においては、正看護婦二〇名、准看護婦三一名が勤務しているが、二〇歳未満の者及び二〇歳代を除くと四〇歳代が最も多く、九名(右四〇歳代九名の平均年令は四三・六歳)であること(三〇歳代七名、五〇歳代六名)、右九名の者が現在の正看護婦の資格を取得した年令の平均は、一八歳であり、その後通算して平均一九年半の実務経験を有している〔証拠略〕。
右九名の者は、いずれも正看護婦であり、菅沼千代子は、准看護婦にすぎないが、同人は、正看護婦となる希望を有しており、その受験資格を取得した暁には、同人の、愛知県医師会豊橋准看護婦学校卒業時における好成績(一三二名中二八位の席次)などに照らし、合格の確率が極めて高かつたのであるから〔証拠略〕同人の看護婦としての稼動期間の認定に当り、前記正看護婦九名の実務経験期間に準拠することは不当でない。
もつとも精確には、現に看護婦の職に従事している者だけでなく、その職務に従事しなくなつた者をも含めて算出された平均的実務経験期間をこそ基準とすべきであるが、現に看護婦の職務に従事していない者についての資料は、とうてい取得しえないのであり、他方、きびしい看護婦不足の事態に直面しているわが国の現状(厚生白書にも指摘された公知の事実である)に照らし、看護婦の稼動可能期間が、益々延伸してゆく傾向にあることは、容易に看取されるのであるから前記のごとく、三〇歳代以上のうちで、最も多数の者が在籍する年令層の稼動期間に準拠し、これより控え目な期間によることは採りうる最良の方途である。
したがつて満一八歳に達して二〇日間を経過しないうちに本件事故にあつて死亡した菅沼千代子は、本件事故がなければ、その後通算して一九年間は、看護婦としての職務に従事しえたものと認めるのが相当であり、右一九年間継続して勤務した場合の同人(同人は、二月一三日に一八歳となるが、同人の年令計算に当つては、以下すべて月日をおくらせて四月一日から三月三一日までを一年とする)の月額給与は、
(イ) 一八・一九歳 二七、四六四円
(ロ) 二〇歳から二四歳 三三、四〇〇円
(ハ) 二五歳から二九歳 四一、八〇〇円
(ニ) 三〇歳から三四歳 五一、一〇〇円
(ホ) 三五・三六歳 五七、一〇〇円
であり、そのほかに、毎年月額給与の三カ月分に相当する手当を得られたはずである〔証拠略〕。
しかしながらまた〔証拠略〕によれば五一名の看護婦のうちで二六歳から三一歳までの年令の者は、僅かに一名にすぎず、右期間が婦女子持有の出産・育児の時期とも符合することに照らすと、菅沼千代子の場合も、二六歳から三一歳までの間は、一時看護婦の職から退くものと認めるのが相当であり、従つて前記(イ)・(ロ)の点は、そのままであるが、その余は、次のごとく認定するのが相当である。
(ハ) 二五歳 四一、八〇〇円
(ニ) 三二歳から三四歳 四一、八〇〇円
(ホ) 三五歳から三九歳 五一、一〇〇円
(ヘ) 四〇歳から四二歳 五七、一〇〇円
(右認定の給与月額は、湖西総合病院に勤務する各該当年令の看護婦三九名中一名の者については、その給与月額より上廻ることなるが同人は、菅沼千代子に比し著しく資格取得がおくれ、二三歳になつてようやく准看護婦の資格を取得し、その後僅か二カ月の実務経験を有するにすぎないから、右一名の存在は、前記認定の妨げとならない。また右(ヘ)に認定した四二歳という年令は、四〇代の看護婦九名の平均年令四三・六歳に近似する。)
しかして菅沼千代子は、同人の健康状態に照らし、なお四二年間、五九歳(六〇歳に達した月の翌三月三一日)まで稼動可能であつたものというべく、看護婦の職に就いていない間はたとえ主婦としてであれ、これを、パートタイム労働者を含む労働者一〇人以上の規模の企業における、最も低い賃金である、小学校・新制中学校卒の女子労働者の年令階級別の、全国平均賃金額(労働大臣官房調査部編昭和四五年賃金構造基本統計調査報告第一巻第一表の「きまつて支給する現金給与額」のらん)をもつて評価するのが相当である。
しかしてまた菅沼千代子の生計費は、全期間を通じ、その収入ないし評価額の二分の一と認めるのが相当である。
結局のところ、菅沼千代子の逸失利益は、
(年間逸失利益)
一八・一九歳 二七、四六四円の七・五倍
二〇歳から二四歳 三三・四〇〇円の七・五倍
二五歳 四一、八〇〇円の七・五倍
二六歳から二九歳 三四、五〇〇円の六倍
三〇・三一歳 三一、七〇〇円の六倍
三二歳から三四歳 四一、八〇〇円の七・五倍
三五歳から三九歳 五一、一〇〇円の七・五倍
四〇歳から四二歳 五七、一〇〇円の七・五倍
四三歳から四九歳 三三、六〇〇円の六倍
五〇歳から五九歳 三三、九〇〇円の六倍
となり、これをホフマン式計算法によつて、現在の価額を算出すると、別紙逸失利益計算書のとおりであり、
合計金五、七三五、四〇〇円
となる(右金額を越える部分については、これを認めるに足りる適切な証拠がない)。
右五、七三五、四〇〇円は、原告両名において各二分の一の割合により、これを相続したものである。
(2) 菅沼千代子の退職金については、これを肯認するに足りる証拠がない。すなわち、
湖西総合病院に勤務する五一名の看護婦の年令階級別構成が
五〇歳代 六名
四〇歳代 九名
三〇歳代 七名
二九歳から二五歳 二名
二四歳以下 二七名
となつていること、また二六歳から三一歳までの間には僅かに一名だけがいるにすぎないこと〔証拠略〕、そのほかに一般論として女性の場合、婚姻に伴い住所を移転する機会が多く、妊娠・出産・育児のため退職する事例のあることなどを綜合的に考慮すると、同一勤務先に勤続する期間は不定であると認めるほかはない。前記(1)における比較的長期間の継続勤務の認定は、擬制であるから、右認定の妨げとならない。
従つて退職金の額は認定しがたい。
(二) 亡千代子の葬儀費用として、原告両名が、各金五万円を支出したことは、〔証拠略〕によつてこれを認めることができる。右金額を越える部分については、これを肯認するに足りる証拠がない。
(三) 原告両名が、請求原因第三項(四)の弁護士費用について主張する事実は、〔証拠略〕によつて明らかである。
右費用のうち、謝金三〇万円(原告両名が半分づつ負担するが、被告の不当抗争によつて生じた本件事故と相当因果関係に立つ損害と認める。
四 次に、(イ)菅沼千代子が、落合八千代とともに、昭和四五年三月二日午後六時から始まる新居高等学校(夜間部定時制)の卒業式に出席するため、遠鉄バス小名川停留所でバスを待合せていたところ、落合八千代の知人である伊藤正義等が同所を通りかかつて同女を認め、同女等を右高等学校まで送るべく、好意から同乗をすすめたこと(ロ)伊藤正義は、同女等を国鉄新居駅(新居高等学校の至近距離にある)の駅前附近で下車させようとしたが、丁度その時列車が到着し、新居高等学校の生徒が多数駅構内から出てきたので、男性(伊藤正義ほか二名)とともに同乗しているところを、「見られてまずい」と落合八千代がいつたため、同所で下車させるのを思い止まり、卒業式の開始にはまだ余裕もあつたのでさらに遠廻りして新居高等学校附近まで赴く途中、本件事故を起したこと
(以上(イ)・(ロ)の事実は、〔証拠略〕によつて明らかである)、
(ハ) しかし他方本件事故は、自動車進行道路からはずれて松林の中を一七メートルも進行し、松の立木に激突したものであること〔証拠略〕、その直前同乗者の中に伊藤正義の運転操向を妨害する者があつたことは認めがたく〔証拠略〕他にも運転の障害をなすようなものの存在も認め難いことなどを綜合考察すると、本件事故が、運転者伊藤正義の過失に基づくことは、明らかであり、右過失の程度は、重大であるとまではいえないにしても決して軽いものではなく、過失の程度が大きいこともまた明らかである。
以上のように、本件事故は、被害者が前記(イ)のように、好意同乗中に生じたものであり、かつ前記(ロ)のような事情があるので、衡平の原則に照らし、被告の賠償額は、これを減額すべきであるが、他方伊藤正義の過失の程度が大きいことをも合せ考え考慮し、原告各自に対する右賠償額を、前記謝金を除く、前掲損害額(逸失利益と葬式費用)合計金二、九一七、七〇〇円のうち、金二六〇万円と定める。
五 慰藉料
前記四の点を含め、本件において明らかとなつた一切の事情を綜合考察すると、原告両名の慰藉料は、各金一四〇万円をもつて相当とする。
(強制保険金の充当)
原告両名が強制保険から各自金二五〇万円の支払を受け、これを前記謝金を除く賠償額の元本に充当したことは、当事者間に争いがない。
(むすび)
以上説示したとおりであるから、原告両名の本訴請求は、被告に対し各自金一六五万円及び謝金一五万円を除く金一五〇万円に対する本件事故ののちで、菅沼千代子の死亡ののちである昭和四六年一月三〇日以降完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度においては、理由があるけれども、これを越える部分は理由がない。
よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条本文、仮執行の宣言について同法第一九六条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 片桐英才)
逸失利益計算書
<省略>